玉藻前草子 トップへ
玉藻前草子について

【書誌】
 二軸。寸法、上巻縦23.7糎×横901.7糎、下巻縦23.7糎×横864.8糎。
巻子本。表紙は、紺地金泥草花模様で、見返しは金襴無地。挿絵上巻7図、下巻6図。料紙は鳥の子で表は草葉模様(第1紙のみ山水模様)、裏は金箔ちらし模様。漢字・平がな遣い、極彩色絵で天地は金箔の霞となっており、大和絵風・土佐派。江戸延宝頃の成立。

【内容】
 鳥羽院の仙洞にひとりの女が現れ、鳥羽院の寵愛を受け化生の前と呼ばれた。詩歌・管弦の御遊の折、嵐激しく灯炉の火が消えると、化生の前は身より光を放ち、宵闇であるのに昼のように照らしたことから玉藻の前と呼ばれるようになった。やがて院が病にかかり、陰陽頭安倍泰成に占わせると、院の病気は玉藻の前のせいであると述べる。玉藻の前の正体は下野国那須野に住む八百歳を過ぎた狐で、この狐は天竺でも王を滅ぼし、日本に渡ってきたものであるという。調伏の祈りの中、玉藻の前は忽然と姿を消し、上総介・三浦介に狐退治の院宣が下る。両介により、狐は射止められ、上洛して院にお目にかけ、遺骸は宝蔵に納められた。